映画「もしも建物が話せたら」
ファンタジックな邦題に惹かれる。
世界各国の有名な近代建築の建物をそれぞれ擬人化し、
建物自身が「なぜここに建てられたのか」「どんな思いが込められているのか」を
ナレーションし紹介するドキュメンタリースタイルの本作。
一般的なドキュメンタリーは第三者の視点での語りや、作った本人が語るといったパターンが多い中、
発想を転換させ、現実では言葉を発しない“建物”という人工的なものが語るという視点がまず面白い。
起こりえないことでありながら「私はここにある建物」と言われると、
お堅い専門家に語られるよりもどこか妙な説得力があった。
そのおかげか意外にも、すっと映画の世界に引き込まれる。
この映画の主役は建物でありながら、建物自身の凄さではなく、
「建物と人」そして「建物と町」との密な関係性が色濃く描かれている。
建物は誰かが求め、そこに人が集い、町と共に様々な時間を共有していくからこそ、
存在する意味があるのだということを改めて気付かされる。
たとえば、ドイツのベルリン・フィルハーモニー。
奇抜で目を引くサーカスのテントのような外観、どことなくちぐはぐな360度の客席が囲む劇場ホール。
その一見不揃いに見えるもの全てに「そうでなければならない」根拠や意味が込められていて、
デザインと一言で片付けられてしまうには勿体無いくらいに、建築家がクライアントの思いに答えよう、
超えようとする努力が、建物をその形へ導いたのだということをひしひしと感じる。
そうして思いを込めて建てられた建物は、
時が立ち古くなったとしても、人が手を加え修復することで、
古さを味わい深さに変えてそこに有り続け続けていく。
映画を見た後は、建物を見るとそんな過程にふと思いを馳せてしまうので、
人工的なものの奥深さがやっぱり好きだなぁと改めて思うわけです。
建物の声に耳を傾ける不思議な時間。
みなさんもいかがでしょうか?
もしも建物が話せたら
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担当:事務